works of Chisato Muro
誰もやらないからこそ面白い
彫金×ガラスの新しいジュエリーの形
Chisato Muroのデザイナー、チサトさんと出会ったのは2、3年ほど前だったかと思う。
ジュエリーが可愛かったのはもちろんだけれども、その時に話してくれた自身のブランドについての思いがすごく印象的で私は好感を持った。
Chisato Muroはガラスのパーツを作り、また彫金の技術で金属を加工してリングやピアスの部分を作ることの両方を自身で行うジュエリーブランド。全く異なる分野の技術を両方一人で行う作り手は珍しく、これをメインで行うブランドはほとんどないという。
そもそもなぜこのやり方で制作を行う作り手がいないのか、そしてなぜチサトさんはこのやり方を選んだのか。詳しく話を伺ってみた。
文章:船寄真利
編集:船寄洋之
以前作っていたガラスの器
もっとこう出来たらいいのに
もともと吹きガラスの作り手だったチサトさん。しかしその現場は体力仕事で持病の腰痛が悪化し動けなくなってしまう。そこで小さくて腰に負担も少ないガラスのアクセサリーを作るようになった。それがChisato Muroをはじめるきっかけだった。
とはいえアクセサリーを作るといってもガラス以外の知識はない。その時出来ることと言えば、市販のパーツに自身がデザインしたガラスをくっつけたり、穴を開けて通したりするくらいだった。一般的に出回るガラスのアクセサリーもそうやって作られているものが多い。
「自分はこれを使いたいか?」
出来ることが限られる中で自分が使いたいものを形にはしているけれども「もっとこうだといいのに」という思いがつきまとう。作れば作るほど、ありもので作る物足りなさや表現の限界を感じるようになり、そこでチサトさんは彫金を勉強することを決意した。
「夫の仕事の都合でアメリカに行くことになったことが転機になりました。期間は5、6年。せっかくならその間にできることを経験したくて、一番やりたかった彫金の勉強をすることにしたんです。ガラスと組み合わせたいという思いがずっとあったから、これはいいきっかけでした」
その後、ニューヨークで彫金の学校に通い、理想のジュエリーを作れるようになった。その時作ったデザインは現在の定番にもあるのだそう。「もっとこうしたい」という意思を持ち続けていただけに、彫金を学んでから今のChisato Muroが形づくられるまでのスピードがとても早く、その頃から根幹がすでに出来上がっていたのだと感じた。
腰を痛めて制作ができなくなってしまったり、アメリカに行くことになったり。そんなマイナスに思うかもしれないことを、よいきっかけと捉えて新しいチャンスに活かす。それはガラス×彫金のアクセサリーを作り続けるチサトさんの今の姿勢にも共通するところがあるかもしれない。
ガラスだからこそ出来ること
そもそも彫金でジュエリーを作る場合、ガラスを組み合わせることは一般的に少ないそうだ。土台の金属部分が高価でかつ加工作業に手間がかかるのに、安価なガラスを組み合わせることであまり価格を上げられないことが原因だ。彫金の学校を紹介してくれたジュエリーデザイナーの友人にも「宝石を使った方がいいのでは?」と言われた。気持ちが揺らいだこともあったが、それでもガラスをやめてしまおうと思ったことは一度もない。
「私のジュエリーはガラスだからこそ作れるものなんだ」と彼女は言う。
「私の作り方は商売としてはすごく不向きな方法です。それだけ時間をかけて作るのであれば、宝石を使ってそれなりの値段で売れることの方が一般的には当たり前なんですよね。また、どうしても宝石のイミテーションみたいに感じられる方がまだまだ多く、ガラスという素材の価値を上げていきたいけど限界はあります。だからこそ私はその『手軽さ』を逆手にとり、武器にしたいと思いました」
Chisato Muroの定番作品の中に「エンブロイダリー」というシリーズがある。「embroidery = 刺繍」という名前の通り、10金にシルク糸をで刺繍を施したというデザイン。硬質な金属に糸を纏わせることで輪郭がぼやけ柔らかい印象になる。これがあるのとないのとでは全く雰囲気が変わり、シルク糸の存在がデザインに大きく影響しているのが分かる。ここにはチサトさんが目指すガラス×彫金のデザインの特徴がよく表れているという。
「エンブロイダリーは、刺繍がなければただの石のイミテーションと感じられる方が多いと思います。金属に刺繍をするデザイン自体は、物理的にはそこに宝石を合わせても出来るのですが、 多くの方は『糸』という素材に意識せずとも価値の低さや金属との価値の差、金属と違って朽ちていくのではないか、という不安を感じているから、あまり現実的ではありません。ガラスだからこそ価値のバランスが取れているのだと思います。糸が汚れていったとしてもそれはそれで楽しんでいけるようなものだから、そういう点がガラスならではかなって。これが宝石になっても面白いとは思うけれど、受け入れてくださる方はグッと少なくなると思う。そうなると仕事としてはやっていけないですからね」
彼女にとってガラスとは、制作の世界への扉を開けた鍵のようなもの。人生を変えた大きな存在だから、出来る限り続けたいと話してくれた。
「ガラスだからこそ出来ることを見つけるのは大変ですが、まだまだやれることはあると思っています。それに、難しい分形にできた時の喜びはひとしおなんです。いろんなガラスのジュエリーって増えてきてはいるけれど、このガラス×彫金という形をメインにブランドをしている人ってまだ日本ではあまり見かけません。誰もやらない茨の道かもしれないけれど、だからこそ面白さや可能性を感じています。ガラスだからこそ創作意欲が書き立てられるんです」
彼女にしかできないデザインを生み出していくことで、悩まされ続けたガラスの価値について自身で新たな指標を創り上げていく。単なるジュエリーではなく、それがChisato Muroのさらなる魅力なのだと思う。