大谷哲也さんインタビュー
僕の感じたもの全てがここに含まれている——
あらゆる循環が生み出す普遍的な器
【後編】
聞き手 ヨリフネ・船寄真利
大谷家は私の理想の家庭像です。
大谷さんの自宅に伺うと、いつも「こんな家庭を築きたい」と思いながら清々しい気持ちで帰路につきます。
そんなことを言う私に「幸せはちょっとした視点の入れ替えだけで手に入る」と大谷さんは話してくれました。「家族を大事にしないようでは、いい器は作れない」とも。
大谷さんが考える幸せの鍵とは? これからの目標や理想の暮らしとともに大谷さんの内面に迫ってみました。
取材・文・編集:船寄洋之
幸せは独り占めしない、つなげていく
——大谷さんは器そのものに加えて、器を囲むシチュエーションを大事にされている印象を受けます。大谷さんにとって「理想の食卓」とはどんな姿ですか?
大谷:家族みんなが揃う食卓かな。それがうちのモットーだから。最近は子どもが成長して家族全員が揃うことがだんだん難しくなってきているけど、誰かの帰りがちょっと遅くなってもご飯だけはみんなで食べようって。
——それは昔からですか。
大谷:そうだね。うちはずっとそうしています。みんなで着席して朝は「今日は何するの?」って会話をして、夜には「今日はどうだった?」とみんなで一日を振り返る。たわいもないことかもしれないけど食事が家族にとって一緒に過ごす大切な時間になっているんです。たまに子どもたちがムッとして口をきかない時もあるけど同じ席に着いていること自体が幸せなんです。
僕には何でも言い合えて信頼できる妻の桃さんや友だちにも恵まれて楽しそうに育つ子どもたち、それに犬と猫もいる。自分の仕事もまずまず上手くいっているし山奥だけど素敵な環境で暮らせてもいるから「僕以上に幸せな人ってそんなにいないよな」って思うくらい。そんな生活の中で家族が機嫌よくご飯を食べている瞬間はしみじみと幸せを感じる時間ですね。
——世の中には毎日の生活に忙しく、日々の小さな幸せに気づけない人ってたくさんいるんじゃないかと感じるなか、日々の暮らしに幸せを感じられる瞬間があることをとても尊く感じます。昨年、大谷さんのお子さんが「夏祭りに行く人がいないから、てっちゃん(お父さん)と行こうかな」って話していて、なかなか高校生の女子がお父さんと夏祭りに行かないよなって衝撃を受けました。そういう幸せな関係性がこの家族にはあるのだろうなって。
大谷:幸せって自分の意識の問題だと思うんです。例えば夫の悪口をすごく言っている妻でもその悪く思う視点を捨てて、いいと思う部分に入れ替えたらもっと幸せに感じるんじゃないかな。僕はその意識の入れ替えを「幸せスイッチ」って呼んでいます。家族や仕事、友達のいい部分に意識を向けられるときっと自分が幸せだと感じられると思う。逆に言うと相手が自分のことを嫌いでも自分の思い込みで幸せは成立するから。その「幸せだな」って気持ちは相手にも届いて、どんどんまわりが幸せな状態に近づいていく。そうやってまわりを巻き込むことで幸せはつながっていくと思っています。
——大谷さんにはそういった自分だけで終わることのない幸せをつなぐマインドがあると感じます。私が初めて大谷さんの器を仕入れる時に「今、選んだ器は平面的なディスプレイになるから売れるものも売れない。もう少し立体的に見えるようにこういう器も注文したら?」とアドバイスをくれたり多くの作家が集まる場で声をかけてもらい「こういう時に作家さんとお酒を飲んで、話して仲良くなるんやで!」と引っ張ってくれたり。
大谷:それは、ただのおせっかいでしょ(笑)。だって「ちょっと作家と飲んでいったら?」と言っただけで特に何かしたわけじゃないからね。でも僕は家族だけじゃなくて、自分のまわりにいる人が惨めな思いをしているのはイヤなんです。打算的な考えではないけど付き合いのあるお店が軌道に乗って成功していけば自分にとってもプラスになるしね。結果的にそうやって世の中はまわっているから関わる人の商売がうまくいってほしいし、なにより幸せになってほしいと思います。
日本の視点だけでは得られない価値
——ここ数年、大谷さんは日本だけではなくアメリカやオーストラリア、中国や台湾など海外でも展覧会をされる理由として「僕が何者なのかわからない場所で展覧会をやるのが面白い」と話されていたのが印象的でした。海外の展覧会にどのような魅力を感じているのでしょうか?
大谷:ここ数年、雑誌やSNSなどで作品を取り上げてくれる機会も多く、日本で行う展覧会の初日は整理券を配るほど多くのお客さんに来てもらえることが増えました。もちろんそれ自体はうれしいことなんだけど、その一方で前知識や先入観のない人たちが自分の器をどう感じるのかを知りたくなり、その気持ちから海外の展覧会を視野に入れるようになりました。海外では僕を知らないお客さんがほとんどだからフラットな視点で器の印象を伝えてくれるし評価もしてくれる。それが僕にとって大きな刺激になるんです。
——もの自体で評価する機会を作っているわけですね。そうやって自ら本質を問われる機会に飛び込む姿が、私が「信頼できる器だな」と思う理由の一つでもあります。
大谷:他にも僕の器を使ってくれているレストランに行くこともダイレクトな評価を確かめるという意味では海外の展覧会に近い感覚かもしれない。どんなに素敵な器でも欠けやすいとかすぐ汚れるとかそういうことって絶対についてまわるけど、そこからは逃げたくないし最後までケアしたいと思っています。僕は作り手として「レストランに器を出荷した後はどう使われているか分からない」とは決してなりたくないんです。
作家とシェフ、その一対一の関係だからこそ直接的な責任が生まれ、そこで起きた問題を解決することができれば僕の器はどんどん改良していく。その流れは一般で販売する器にもいい影響をもたらすと考えています。
仕事のあり方、理想の暮らし方
——私からすると仕事も暮らしも充実しているように感じられる大谷さんが今後の人生をどう歩まれるのかにとても興味があります。最後にこれからやりたいことを教えてくださいますか。
大谷:土を掘って、その土を粘土にして、自分で作った窯で焼く。そういう純粋にゼロから焼き物を作るプロセスに取り組みたいですね。仕事にはならなくてもある程度のスケール感を持ってやってみたい。職業とは違う趣味の陶芸。「趣味で陶芸はじめました」って感じで(笑)。
その一方で、今のブランディングもあるからそのバランスを崩すようなら趣味の器は世に出さなくてもいいかなって気もしています。それかDJ OZMAみたいに違う名前で活動するか(笑)。展覧会の芳名帳にわざわざ別の作家名を書いて「大谷さんとは仲良くしてますよ」って言うくらいの(笑)。
——それちょっとやってみてほしいです(笑)。
大谷:それは行き過ぎだけど他にもやりたいことはたくさんあるんだよね。例えば、料理を本格的に習うとか原料や制作環境の違う海外でそこの生活にあった器を制作するとか、生活の器ではなく少し用から離れたものを作ってみるとか。でも結局は面倒くさがりでやらない(笑)。人には「それ、やってみたら」って気軽に言うけど自分ではやらないから最近は他の人の仕事を見て「俺の仕事ってスケールが小さいな」って思うこともあります。
ただ、やみくもに背伸びをして無理をしてしまうと僕ではなくなってしまうから自分のキャパシティは大事にしたいところ。どんどん自分にムチ打って上を目指す人もいるけど僕は「ゆったりとした暮らしがしたい」という気持ちから陶芸を始めたので、その根っこの部分はこれからも大事にしていきたいですね。
大谷哲也
1971 神戸市生まれ
1995 京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科 意匠コース卒業
1996 滋賀県窯業技術試験場勤務(〜2008)
滋賀県甲賀市信楽町に大谷製陶所設立
写真:ヨリフネ
大谷哲也 個展
2020年 4月25日(土)〜 5月3日(日)
※延期になりました
会場:器とギャラリー・ヨリフネ
神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101
振替日程などが決まり次第、
下記「展示会詳細」ページにてお知らせいたします。