小林耶摩人さんインタビュー
定義を見直すことから始まる生活道具の器
聞き手・文 ヨリフネ・船寄真利
前回の展示の際に、「『生活道具』の器を作りたい」と話されていた小林耶摩人さん。脇役のような存在で主張や個性が強すぎず、かといって存在感がないわけではないものを、と。
あの展示から2年。コロナ禍に突入した時期でもあり、世の中全体の暮らし方が大きく変わった中で、何か作り手としての意識に変化はあったのか。茨城県笠間市の工房でお話を伺うと、小林さんの『生活道具』という器の輪郭がよりはっきりと浮かび上がってきました。
編集:船寄洋之
器がさす意味の変化
——ヨリフネでは2年ぶりとなる展示になりますが、前回から制作に対する意識などに変化はありましたか。
小林:立ち位置としてはそんなに変わっていないかもしれません。僕にとって器は脇役であり、主役である料理を引き立てるもの。流行にとらわれることなく、何年、何十年と人々の生活の片隅にある、そんな生活道具としての器を作りたいという思いで、以前と変わらず普段使いの器を作り続けています。ただ、最近は少しずつ定番の食器以外に、例えば花器や急須のような今まで作ってこなかったものを作りたいという気持ちが芽生えてきました。定番のように毎回展示に出せるようなものではなく、本当に少しずつ作る程度ですが。
——その意識の変化は、コロナの影響もあるのでしょうか。
小林:そうですね。コロナ禍でおうち時間という言葉が広がりましたよね。そのせいか以前にも増して花器やコーヒードリッパー、ピッチャーなどを求められることが多くなったのも大きく影響していると思います。
——確かに、コーヒーのドリップに挑戦する方が増えたり、自宅で花を活けて楽しむ方が増えましたよね。私も家で焙煎に挑戦しました。
小林:僕もコーヒーが好きなので、道具を揃えたりしました。この期間で、器という言葉が食器だけではなく、ライフスタイル全般みたいな意識に変わってきたからこそ、新しいアイテムも作っていこうという気持ちになったのだと思います。
定義を解体し、自分らしく構築し直す
——新しいといえば、最近はこれまでとは違った風合いの器にも少しずつチャレンジされていますよね。
小林:元々、僕はざらりとした雰囲気のものが好きで、焼き締めっぽい器をずっと作ってみたいなと思っていました。焼き締めは薪窯で作るのが一般的で、薪が燃える際に出た灰が器につき、それが溶けて釉薬をかけていない器に表情が生まれるのが大きな特徴です。でも僕が使っているのは薪窯じゃなくて灯油窯なので、その窯でどうにか焼き締めを作れないかなと思ったんです。
——そもそも灯油窯では灰が出ないですよね。どう工夫されたのですか。
小林:まずいつも使っている土を単純に灯油窯で焼いてみたものがこれ(写真1)なんですけど、素焼きの状態に近くて、なんだか普通でつまらないと感じました。
写真1
小林:だから土を黒いものに変えて、あえて化粧土を自分で塗り動きを出しました。焼き上がった直後はこんな感じでざらざら、デコボコしているんです(写真2)。このままだとざらつきも強いし化粧土がポロポロ落ちるので、最後に磨いて滑らかにしています。
——あえてご自身でニュアンスを加えて、小林さんなりの焼き締めを作られたんですね。
写真2
小林:そうですね。定義自体が難しいのですが、僕は「焼き締め=釉薬をかけずに焼く器」と自分なりに解釈し、このような器に至りました。とても手間がかかるので今回の展示に出せるか分からないのですが。
——そういえば小林さんの代表的な釉薬も、伝統的なものを自分なりの解釈で作られていますし、粉引の器も一般的に思い浮かべるものとは全く異なる風合いですよね。以前「便宜上は粉引と呼んでいるけれど、果たしてこれを粉引と呼んでいいのかは分からない」と話されていました。
小林:これも「粉引とはなんなのか」っていう話になってしまうんですけど、僕の中では「赤い土を白くするために化粧土をかけて釉薬をかけたもの」と定義しているんです。だから作り方としては粉引きだけれど、僕らしいオリジナルなものになるのだと思います。
——「こう作るべき」とか「普通はこう作る」という一般論に捉われず、一度定義から見直してみる。それって実はかなり大胆なことではないかと。その姿勢が小林さんらしいどこにもない風合いを生み出し、多くの方が魅了される理由なのかなと思います。
僕は雑器を作りたい
小林:ちなみに新しい風合いの器がもう一つあります。先ほどの焼き締めのようにざらりとしたものを作り続けていたら、その反動なのか今度はつるりとした美しいものを作りたくなってしまって。それでこの器が生まれました。
——これは何という名前の器ですか。
小林:実はまだありません。当初、つるりとしたものを作りたくて「灰貫入」と呼ぶ器(写真4・左)を作ったのですが、そこからもう少ししっとりしたものを目指したいなと思い、釉薬の配合を変えたんです。そうしたら今度は貫入が入らなくなってしまい……だから今名前を考え直しているところです(笑)。
写真4
——どちらも風合いはよく似ていると思うのですが……。
小林:新しい器は少しマットでしっとりした雰囲気が特徴で、白磁や青磁のような美しさはあるけれどピカピカしすぎてはいない。僕が作る器は、いわゆる「雑器」と呼ばれる市井の人が使う道具としての器です。高尚なものではなく、普段使いの食器を作りたいという気持ちがあるので、同じように見えるかもしれないけど、灰貫入は僕の作るものにしてはきれいすぎた。だからもう少し雑味が出るような雰囲気にしたかったんです。
——なるほど、腑に落ちました。急に2つの器の違いがクリアになりましたよ。同時に小林さんにとっての「生活道具」がどういうものかということも深く知ることができたと思います。新しい器について伺うことで、何か気持ちの変化を知れるかなと思っていたのですが、小林さんの「普段使いの器を作りたい」という変わらない意識がより浮き彫りになったことがとても興味深かったです。普段使いの器を作る上で何か心掛けていることなどはありますか?
小林:以前より自分の器を使うようになりました。そこで気づいた些細なことも含めて改良を重ねているので、器は常に変化していると思います。例えば「ちょっと縁が薄くて欠けやすいかな」とか「エッジが効きすぎて口当たりが良くないな」とか。どれもマイナーアップデートばかりですけどね。基本の形は変わらないけれど、生活の中でより使いやすいようにと変化させている。定番のものでも最初に作ったものと比べると、同じ形に見えたとしても今作るものの方がより美しく機能性も高いものが作れていると思います。
——それを聞いて非常にわくわくしてきました。はじめて手に取る方も、再び見にきてくださる方も、きっと楽しんでくださると思います。
小林耶摩人
陶歴
1983. 茨城県笠間市生まれ
2006. 法政大学 国際文化学部卒業
2013. 茨城県工業技術センター窯業指導所 成形科修了
2013. 額賀章夫氏に師事
2016. 笠間市にて独立
HP : https://yamatokobayashi.theblog.me/
小林耶摩人 個展
2022年 11月19日(土)〜 11月23日(水・祝)
12:00-18:00
会期中無休
19日(土)11:00-14:00
予約優先制
14:00-以降フリー入店
26日(土)20:00 通販開始予定
会場:器とギャラリー・ヨリフネ
神奈川県横浜市神奈川区松本町3−22−2 ザ・ナカヤ101