コラム 「“私の”よいもの」
穏やかな日々
村上雄一
35歳、急に会社をドロップアウトした。
やりたいことが決まっているわけでもないのに——
大学卒業後、私は広告代理店で働き始め、当時はそれなりに充実した日々を過ごしていました。しかし、30歳を過ぎた頃から仕事や生活に矛盾を感じることが増え、「こんなことをやるために生まれてきたのか?」と自問自答を繰り返す日々。毎晩、酩酊するまでお酒を飲み続け、よくお酒が残った状態で出社していました。振り返ると、私は軽度のアルコール依存症だった気がします。
「どうしたら幸せになれるのか?」
自分に問いかけるも、答えは見つからないまま。
ワクワク
ソワソワ
ウキウキ
ドキドキ
ウツウツ
そうやって気持ちは浮かんでは沈み、考えはまとまらない。とにかくいつも疲れていました。
しかし、そんな鬱屈とした経験が、実は私に多大な影響を与えていました。
少し大きな話にはなりますが、人が人種、年齢、性別を問わず共通して持っている唯一の願望は”幸せになること”ではないでしょうか。なかには「そんなことなんて考えたこともないよ」という人もいるかもしれませんが、会社員当時の私はそのことで頭がいっぱい。いつの間にか私のライフワークは「幸せとは何なのか?」とまるで禅問答のような問いかけを追求することになっていました。
好きな人と結婚する。
お金持ちになる。
人に優しくする。
健康な身体を手に入れる。
名声を得る。
……どれも幸せになれるような気がするけれど、なんだかしっくりこない。
ある時、私は「何をやるか」「何を手に入れるか」「何を達成するか」など、願望に執着することにより気持ちの浮き沈みが生まれ、その波が大きくなればなるほど幸せになることを邪魔していることに気が付きました。
その頃、毎日ランニングをしていた私に「同じことを繰り返すのが好きであれば、アシュタンガヨガが気に入ると思うよ」と知人が話をしてくれました。試しに始めてみると、あっという間にその虜に。
アシュタンガヨガはラジオ体操のようにポーズの順番が決まっているため、毎日のように同じ時間に、同じ場所で、同じことをおこなうと、日々変化する自分の状態がよく分かります。調子の良し悪しに対して原因と思われること——例えば仕事の悩み、付き合う人、生活習慣——に気が付く。私はその原因をトライアンドエラーで一つひとつ変えていくことにより、心身共に調子が良くなり、自然と気持ちの浮き沈みが緩やかな生活を送れるようになっていました。
ビンゴ。
その生活が私に気分が良く穏やかな日々をもたらしました。
その結果、私は幸せに近づく方法を知りました。それは、気分が良く穏やかな日々を継続すること。人生で繰り返されるさまざまな選択のなかで、「それをすると今よりも気分が良くなるのか?」もしくは「今と同じぐらい気分が良い状態が続くのか?」といった投げかけを基準に、物事を選ぶようになりました。
また、気分が良く穏やかな日々を継続するためには、“DNAに寄り添う”ことが大切だと思っています。私たちはそれぞれが異なるDNAを持って生まれ、それは決して変えることはできません。社会や親から与えられた価値観ではなく、自分自身のDNAの特徴に寄り添うこと、つまり自分が心地よく生きられることを選択することによって、幸せに近付いていく。
気分が良い穏やかな日々が継続するために、DNAに寄り添う。
物事を選ぶ上でもDNAが喜ぶことを基準に「どんな考えを持った人が、どんな環境で、何を材料に作り、行動しているのか」をとても大切にしています。
例えば、私が20年間にわたり唯一身に付け続けているものにジャガー・ルクルトの腕時計があります。この時計は革ベルト以外は自社で外装からムーブメントまで製作されるリアル・マニュファクチュールで生み出され、そこには普遍的な美しさがあります。「一生飽きずに身に着けられることができそうだ」と直感的に感じられたので、数ある時計ブランドからこの一本を選びました。私はこういった技術力を持つブランドや、個人が生み出す機能美を纏ったアイテムに目がないようです。
そのような意識で選択を続けていくと、裏表がなく、矛盾が少ないものを選ぶ機会がどんどん増えていきました。それらは雑味が混ざらない分、そのものに宿る純粋なエネルギーを受け取ることができる。
「“私の”よいもの」とは、そういうものだと思います。
村上雄一
吉祥寺で器や小物などの生活用品を扱うBONDOを運営。それ以外に、某コーヒーショップの企画をしたり、新しい家具ブランドWELLの立ち上げ準備をしたりと、自分の好きな事の延長で仕事をする事にこだわる。
BONDO HP
村上雄一さんのインスタグラム